フェミニズムと科学の交差点。
科学技術が社会と相互に影響を与え合う過程を人文学的に研究する科学技術社会論(STS)を専門とする著者が、フェミニズムの視点から、科学の客観性や絶対性という「神話」を解体していく。
本書「神秘的じゃない女たち」(イム・ソヨン著、オ・ヨンア訳、柏書房、2024年)は、女性を「神秘的」と崇めるのはやめようと呼びかける。神秘とは時に無知の別名であり、無知のままでは女性は救えないと書く。
憂うつな女は魅力的で、子どもを身ごもった女は神々しいというイメージがさまざまな場所で再生産されるとき、現実の憂うつな女性は自らの体を痛めつけ、子どもを身ごもり産んだ女性は別の生命体の無事を最優先するようになる。女の体を理解できなければ、死にゆく女たちを助けられない。(本書・はじめに、より)
![神秘的じゃない女たち [ イム・ソヨン ] 神秘的じゃない女たち [ イム・ソヨン ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/5613/9784760155613_1_2.jpg?_ex=128x128)
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科学と女性
フェミニズムとは何であるかを一言で説明することは非常に難しいが、女性解放論と言ってしまうのはいささか狭い定義のように思う。むしろ、性差別自体の解消を通じて、女性と男性という性別二元論という強固な社会規範自体に挑戦するものではないだろうか。性別二元論の解消は、女性への性差別をなくすと同時に、有害な男性性もなくすことにもなるだろう。
本書は、科学と女性をテーマにしつつ、性差別的であったり、女性を排除してきた科学の歴史を問い直す。
本書が扱うテーマは広い。時に性差に「科学的根拠」という名の神話を与え性差別を助長してきた生物学はもとより、物理学、あるいはAIやサイボーグなどの科学技術など多岐にわたる。
女性の身体性から、これまでの科学の「常識」に再考を促す筆致は、力強く明快だ。
例えば、受精において一つの卵子を巡り精子が能動的に競争するという描像は、しかし、科学的な理解によれば正しくないと言う。むしろ、群れを成してただよう精子に対して、卵子が科学的シグナルを送ることで自らが選んだ精子を引き寄せるという、卵子の能動性を強調する。
女性と物理学の章では、物理学とフェミニズムの交差点を探る。
生物学と異なり、物理学は、直接的に性差別を助長するために援用される事例は少なく、フェミニズムと縁遠いところにあるように見える。
しかし、著者の専門である科学技術社会論の視点から見れば、超然としているように見える物理学も社会に影響を受ける一つの学問であることに違いはない。この社会が、明確なジェンダーバイアスの影響下にある以上は、物理学すらも、性差別とは無縁とは言えない。
それは、物理学を専攻する者の男女比となって表れるし、時に物理学を学ぼうとする女性への差別的な待遇となってその道を阻む。
そして、物理学と社会、物理学と軍事技術、物理学界の研究者集団の構成や資源配分など、フェミニズムと物理学が出会う結節点は多いと指摘する。
フェミニズムと物理学が出会う時、物理学の新たな可能性、より良い物理学への道筋もまた見えてくる。多くの女性にその門戸を開いてこなかった物理学の閉鎖的性格が解消されるならば、それこそ多くの(LGBTQ+を考慮してもおおまかに人類の半分に近い人数の)新たな貢献が得られるだろう。「現代の物理学は、人類がつくりだせる最高の物理学だろうか?」(エイミー・バグ)との問いは、重い。
そして、科学の世界で、天才ではない「平凡な女性科学者」が増えることに、科学の発展の可能性を見る視点は、慧眼と言える。平凡な男性科学者がいるように、平凡な女性科学者がいて良いし、たとえ「平凡」であったとしても、科学的トレーニングを受けたその一人一人の科学への貢献は、けして少なくはない。
特に、現代は、ビッグサイエンスの時代であり、国境を超えた巨大なチームで、科学的知見を探究していく場面が増えてきている。そのチームが一人残らず天才だということはあり得ないし、もちろん全員が天才である必要もないだろう。チームの中に、多様な身体性、背景、コンテクストを持つ者が存在することは、紛れもなくチームの強みである。
多くの女性を排除してきた科学に対して、それでも、科学を遠ざけるのではなく、現実を規定している科学を学び理解していくという態度を通じて、女性をエンパワーする本書の姿勢は一貫している。
人類がつくりだせる最高の科学は、あらゆる属性を含んだ人類全体の貢献の上にしかない。
科学とフェミニズムの出会いは、科学の、ひいては人類の新しい可能性を開くものと言えるのではないだろうか。
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