シロナガス/星景写真と科学本のブログ

「暮らしの中の星空」=星景写真+サイエンスノンフィクション書評。PENTAX使い。

【書評】時空のさざなみ 重力波天文学の夜明け

GW150914。

史上初めて、直接とらえられた重力波は、その歴史的・物理学的な重要性に比して、あまりに記号的な名称を与えられている。

2015年9月14日、アメリカのLIGO(レーザー干渉計型重力波天文台)が、かすかな時空のゆがみを検出して、新しい天文学の時代の幕開けを高らかに告げた。

このアインシュタインが残した宿題を見つけるのに、人類は100年の時間を要した。それは、この重力波のシグナルがあまりにも、「かすか」だからだ。科学者は、100年の時をかけて、陽子(水素の原子核)の直径の一万分の一にすぎないその時空のゆがみを検出する技術を、少しずつ磨き積み上げてきた。

その最初の直接検出に与えられた名称は、たしかに記号的ではあるが、だからこそ、これから繰り返されるであろう重力波の直接検出をいやがおうにも想起させる。事実、この2015年9月の初検出以降、重力波の検出が、続いている。

本書は、時空のさざなみを聞く、重力波天文学の時代の、その意義と可能性を、あますことなく伝えてくれる一冊になっている。

 

初検出に向けて

アインシュタイン相対性理論の帰結として予想された重力波の検出には、レーザー干渉計と呼ばれる重力波検出装置の発明を待たなければならかなかった。

本書は、この重力波の検出に向けたアプローチを丁寧に振り返りながら、その技術がいかに完成されてきたかを紹介していく。

このレーザー干渉計は人類の築き得た技術的到達点のひとつの最高峰といえる。

初検出されたGW150914は、太陽質量の36倍と29倍のブラックホールが、衝突し、太陽質量62倍のブラックホールとなって、のこりの3太陽質量分が重力波の形で放出されたものだった。

感度を高めたアドバンスドLIGOの稼働は2015年の9月18日だったのだが、その予備的な観測で10億光年先から来た重力波をすでに捉えていたこと、しかも、1915年の一般相対性理論の発表からちょうど100年目に当たったことは、筋書きとしてはなんともできすぎたように運命的だ。

 

重力波の直接検出の意味

重力波が直接検出されたことの意義は非常に大きい。

望遠鏡の発明以来これまで、人類は、電磁波(いわゆる可視光も電磁波の一種)を利用する様々な観測方法を発明してきたが、それは、耳が聞こえない状態で、ジャングルを探検しているに等しいと、指摘する。

ジャングルの中では、確かに視覚によってだけでも、いろいろな情報がわかるだろう。しかし、そこに重力波という新たな感覚、例えるなら聴覚が加わればどうだろう?猛獣の唸り声や木々が倒れる音、鳥の鳴き声など、無数の新たなシグナルが、ジャングルへの理解をより一層押し開くことになるのは想像に難くない。

重力波を検出することで、人類は、宇宙を探索する新たな感覚を得たといえるのだ。

地上のレーザー干渉計だけでなく、宇宙空間でのレーザー干渉計の設置計画や、多数のパルサーを継続的に観測することによって数十年周期での重力波の影響を検出しようという試みも進められていて、様々な波長での重力波を聞く試みが進められている。

 

マルチメッセンジャー天文学

重力波の観測と既存の可視光や電波による天文学が共同する仕組みが動き始めていて、マルチメッセンジャー天文学と呼ばれていることも、天文学の新しい時代を象徴する動きだ。

GW170814といわれる、中性子星の合体による重力波が検出され、それによって起こったキロノヴァとよばれる電磁波のシグナルが受信されている。

多くの天文台や科学者が共同して、新たな発見をしていく現代科学の最前線の様子は、どう控えめに言っても、過去最高に刺激的だ。

 

観測が理論を練り上げる

量子論と重力の理論である一般相対性理論は、それぞれは、非常にうまく現実の現象を説明しているが、この2つを統合できないというのが、現在の科学の最も大きな課題のひとつでもある。

重力波の直接検出が続き、一般相対性理論が、観測面から検証されていくことで、予想外の理論からのずれが見られるかもしれない。そのずれを足掛かりにして、重力理論と量子論を統一する可能性も開けるかもしれない。

重力波の直接検出によって、人類の、宇宙への理解は、いま、非常に大きな発見への入り口へ立っているといえるのである。重力波の検出を重ねて、宇宙膨張の歴史が詳しく分かれば、それにかかわっているとされる謎の斥力=ダークエネルギーの謎の解明へ進むことも期待される。

人類は、今、重力波という新しい感覚を得て、この宇宙の深淵に、耳を澄ませている。その耳に、何か予想外の「音」が聞こえる日も、けして遠くはないのではないだろうか。

 

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