シロナガス/星景と科学本のブログ

受信者としてのサイエンスブログ。星景写真、スタータイムラプスと、ポピュラーサイエンス/サイエンスノンフィクション(一般向け科学書)の書評。

PENTAX機用にワイヤレス発光できるフラッシュを導入した話

というわけで、フラッシュを初導入しました。

いや、星を撮るのに、フラッシュはいるのか、といわれると、ほぼいらないんですが。

もともとは、子どもを撮るためにフラッシュが欲しい、というのが導入の最大の理由です。

ただ、まあ、理由はともかく導入したからには星景にも使わないといけない、ということで、さっそく使ってきました。

 

冬の星座と彼岸花

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PENTAX KP レンズ DA 10-17mm FISH-EYE 焦点距離10mm

ISO4000 SS50秒 F6.3 アストロトレーサー使用

2018.9.23 高知県高知市にて

 

パンフォーカス星景の作例。

花に35cmくらいまで寄りつつ、真上からフラッシュを当てています。雲が来てしまいましたが、スバルのあたりはまだなんとか見えるかな。月がまだ背後の西空、山の向こうの低空にあって沈んでないので、空が青くなっています。

 

うむ。初めて使った割にはうまくいったかな。

 

どんなのを導入したか

いや、子どもを撮るためだけならクリップオンのストロボだけでいいんですけど、ご覧の通り、カメラから離してストロボを焚かないといけないというのが、ありまして。

いや、ストロボ、子どもを撮るために購入したんですけどね。大事なことなので2回言いました。

 

まあ、それはそれとして。

離したところで光らせたいわけです。で、何を購入したら良いか、本当にさっぱりわからず、難民化していたんですが、ツイッターでいろいろ教えてもらい、良い感じになりました。

だいたい、悩んだときはツイッターでフォローしている方々が助けてくれる。いや、本当に助かりました。

なにせ、世のフラッシュ・ストロボ製品はだいたいキヤノン用か、ニコン用か、ソニー用ということになっていて、どれを買ったらいいかわからないのです。

とりあえず、結論からいうとニコン用買っとけば汎用性がありそうです。

 

 

で、こうなりました↑。

シールも貼ってデコっておきました。

 

NEEWERの完全マニュアルのストロボと。

YONGNUOのRF603NⅡというのを買いました。Nというのはどうもニコン用という意味のようです。フラッシュを無線で同期する発信機・受信機の役割をする機器です。

ニコン用ですが、PENTAX機で、少なくともKPでは上のツイートの動画の通りちゃんと動きます。良かった。

動画では、通信機(RF603)をクリップオンしてますが、星を撮るときは、ホットシューには、O-GPS1がついているので、手動です。

手動でも、片方を発信機にしてボタンをおせば、受信機の側についたフラッシュが光ります。ただ、光具合は、フラッシュの側でマニュアル設定です。8段階の光具合が調節できます。

 

本当は、子どもを撮るなら完全マニュアルのフラッシュより、TTL(スルーザレンズ)に対応した自動調光してくれるフラッシュが欲しかったんですが、この無線機を買ったことで予算がオーバーして完全マニュアルになりました。

大事なことなので3回目を言っときますけど、ストロボは子どもを撮るために買いました。大事なのでね、忘れないでください。

 

いや、しかし、上の写真のように、うまいこと、花を照らすことができたので満足。

これ、毎回すると迷惑行為になりかねないので、時と場所を見極めつつ、静かにやろうと思います。

まあ、パンフォーカス星景は、どうしても前景(主に花)を照らす必要があるので、控えめに、やらせていただこうか、と。

 

あ、購入時、勢い余って、KPのバッテリーグリップに入れる大きい方のバッテリーD-Li90の互換品も購入してしまいました。これ冬の流星群シーズンまでに導入しようと思ってたんですが、買ってしまったので、当面、買うものなくなったかな。跡はストイックに貯金しよう。出るか出ないかよくわからない11-18mmに向けて…。さすがに出るよな…?

これは、メーカーが違う気もするけど、こういうやつです。充電器と2個電池セットの奴。お買い得。

 

うむー。また、細かい機材を買って、物欲をほどよく解消したか…。

子どもを撮らねば…。

 

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星景サルベージその47 灯火(ともしび)

いやあ。雨が降りしきります。

週間天気を見ても、晴れる気配がない…。9月は天候が不順ですね。

ああ~。彼岸花撮りたいのに…!あと、コスモスも…。

 

ああ…本当に更新するネタがない

…のだが。

何とか絞り出して、更新しておこうと思いつつサルベージ。

 

この一枚は、リコーイメージングフォトコンテスト2018に出したものの一つです。

www.ricoh-imaging.co.jp

募集要項を見ると、個人のホームページ等に出したものはOKとのことなので、もう、ネタがないので、この際先に出してしまうという荒行

これを出すか、この間、読み漁っている写真論を書くか迷ったんですが、写真論はもう少し時間をもらいたい。いや、誰も待っていないと思うし(笑)

 

いや、でもね(と、結局語り出す)。

この間、写真表現とデモクラシーというのは、やはり歴史的に分かちがたく結びついているものだという認識に達しています。

 

このデモクラシーの危機の時代に、写真を通じてデモクラティックな個を、たゆまず紡ぎ出していけるかどうか。

巨大なグローバル企業が国を越えて政策に影響を与え、格差が広がり、デモクラシーの基礎となるべき「個人」は貧困やそれと表裏一体でもある商業主義の中で、社会との接点を疎外されて、あまりに希薄な存在になりつつある。

しかし、デモクラシーは危機をはらみ、個の疎外を進めながら、だからこそ社会に包摂しきれない個が現れては漂い、そこに目を向ける意味が問われざるを得ない。追い込まれるが故に、アクチュアルになるデモクラシーの意味。

 

写真を撮ることは、世界のその瞬間を焼き付けることなのですが、その行為に逆照射されて、撮影者の存在がかすかに浮かび上がる。そこにデモクラシーへの小さな足がかりが生まれ続ける。

私は、社会派の写真を撮る訳ではないのですが、どんな写真を撮るのかというテーマはことここに至ってはあまり意味はないかもしれません。

カメラ付きスマートフォンが各人にいきわたり、それも含めて、毎日毎時間毎秒撮られ続ける無数の写真が現にあって、おそらくは、いま、人類は、過去にない「写真時代」を生きているのです。そこでは、その人の人生のアーカイブとしての写真が日々生み出されている。

つまり、撮った無数の写真が総体として、その撮影者を照らし浮かび上がらせている。それゆえに、写真一枚一枚はもはや決定的な意味を持たないのかもしれないけれど、日常に浸透した写真を撮るという行為が、行為そのものとして日常不断に個を照射し再定義し続けてもいるという状態が見えてきます。

その写真の逆照射作用を通じて、(弱く)浮かび上がる個を定義づけながら、写真を撮る。そこにたえず現れては消えるデモクラティックな意味を見出しつつ。

ただ、そこには、現代ならではの陥穽(落とし穴)もあって、写真が個を逆照射するゆえに、作品そのものよりも誰が撮ったかに過度に依存をしてしまうという状況を生むのかもしれないし、また、いつでもだれでも写真が撮れるがゆえに、すでに作られて出回ったイメージの中に同化し、容易に回収されて埋もれてしまうのかもしれない。もっと言ってしまえば、先行イメージとの同化にむしろ価値を見出してしまうということも起こりうる。…後者は個の没個性化であり、デモクラシーとしての写真という文脈から見れば、写真のファッショ(ファシズム)化のようにも思えてしまう…。

この文脈の中で、では、私は、どう写真を撮るのか、という問いがおのずと生まれてくる、という。

 

うーむ。

完全には、まとまってないのですが、なんとなく伝わりましたか?

また、その内、まとめて書きますが、強引にまとめると、写真を撮る意味とは何だろうといったときに「それはあなたが何者であるかを示すことなんだよ」と。結局、そこそこ語ったな、おい。

 

今は、この辺を読み終わり、次の獲物を探しています。

私が、どちらに向かっていくのか、その過程を楽しんでください…(笑)デモクラシーはいまここにあるんですよ…(かっこいいこと言った)。

 

灯火(ともしび)

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PENTAX KP レンズ HD DA 15mm Limited 焦点距離15mm

ISO200 SS960秒 F6.3 

2018.9.10 高知県越知町にて

 

16分露光一発撮りの作品です。

集落の明かりに照らされる沈下橋と、北極星を中心にまわる北の夜空。

少し絞ることで、集落の街灯に光芒を出しつつ、自作ハーフソフトフィルターで星の方は少しにじませています。

灯火(ともしび)という題名は、直接的には、この集落の街灯と北極星のことを指しているわけですが、そこには、存在の証としてのともしびという意味も込めています。

人の暮らしの息遣いが星空と出会う場所に星景写真が生まれる。と。

 

そして、前のデモクラシーの議論に戻ると、それを写す撮影者としての私自身が(暗いトーンでこちらに向けて浮かびあがった沈下橋の延長線上に)ほのかに浮かび上がる…という。

そういう意味合いです。

 

うーむ。全部、言葉で説明した(笑)

 

ただ、写真だけ見ると、トーンが暗いかなと、ISOが200と低いので、描写は緻密でプリントにしても雰囲気は良かったですが。暗いかなぁ。

表現したいものは表現したけど、自信はないなぁ。

 

と、いうことで、ネタがないので無理やりサルベージでした。

実はもう一枚送ったんですけど、それは、県展の作品とも対になる奴なので、それは県展のをサルベージするときに出すようにします。

 

そして、このまま、雨が降り続けると、私は、書くことがなくなるので、昨日、勢いで買った安価なフラッシュのことか(まだ来てない)、がっつり写真論を書くかしかなくなります。

でも、面白くないですか写真論。いや、私のはどうかはともかくとして、写真を撮るとはどういうことか?というの、考えてしまわないですか、しまいますよね?(と無理やり同意を求める)

 

まあ、写真論書き出したら、いよいよ、ネタがないんだなと、温かいまなざしで見守っていただくと助かります。

 

では、また。

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星景サルベージその46 晩夏を連れて

さて。

季節は9月。長月です。

長月の語源のひとつに、良く雨が降る季節だからということで、「長雨月(ながめつき)」から来ているという説があるようですね。

たしかに、よく降る。今日も高知は雨です。

gogen-allguide.com

 

この時期の夜は、だいぶ涼しくなってきます。季節の変わり目で、湿った空気が流れ込みやすいのか、機材が夜露に濡れる可能性が非常に高まります。曇りを防止するためにも、レンズヒーターが必須になってきますね。

レンズヒーター用のモバイルバッテリーはいざという時の災害時の電源としても役立つので、満充電しておこう。

 

というわけで、サルベージ。

 

晩夏を連れて

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PENTAX KP レンズ HD DA 15mm Limited 焦点距離15mm

ISO3200 SS40秒 F4 

2018.8.18 高知県須崎にて

 

記録では0時52分の撮影となっています。

夜半過ぎ、東の空には、早くも冬の星座が昇り始めます。

昇って来たのは昴(プレアデス星団)とおうし座。おうし座のアルデバランが、オレンジの光を水面に落としています。

この日もすでに夜は涼しく、上着を忘れたこともあり、水面を渡る風は少し寒いくらいに感じました。

この時は、まだハーフソフトフィルターはつくってないですね。全面のソフトフィルターを使用したので、街灯が強くにじんでいます。しかし遠くなので、まあ、雰囲気の範囲内でしょうか。逆に、岸辺にうつる街灯の光が少しにじんでいるのは雰囲気プラスかもしれません。

雲が、ちょうど、真ん中に昇ってきたおうし座に視線を向けるような形で両サイドに残ってくれたのも良かったかもしれません。

ああ、夏が終わるなあという感慨を込めての一枚。

 

この写真は、毎年(といっても今年で2回目らしい)開催されている、長野県の南牧村公募展「星のある風景」に応募をしていたのですが、昨年に引き続き入選をいただくことが出来ました。一切の合成なしというレギュレーションが、それはそれで魅力ですね。

 

公募展「星のある風景」入選結果について|信州・みなみまき村(長野県南佐久郡南牧村)ホームページ

 

http://www.ytg.janis.or.jp/~bijyutsu/kikakuten1403.htm

 (↑こっちは、会場の南牧村美術民俗資料館のサイト)

 

これ、何か上の方の賞をもらえれば、副賞でホテル宿泊券がもらえるんですが、来年もそれを目指して頑張ろうと思います。それで、いつか長野に星を撮りにいくのを目標に…。

 

最近、ちょっと入選が続いている気がしますね。悪いことではない。まあ、ひとえに、出し続けているだけなんですけどね。継続していると良い時もあるし、悪い時もある。

ペースを乱さず、季節ごとに撮るべきものを撮っていこうと思います。

あくまで自分のスタイルで、一歩一歩いくのが大事かもしれませんね。

現場で被写体と向き合って、自分の心象にも寄り添いつつ、丁寧に撮りながら、少しずつ進んでいきたいと思います。

 

ついでに、本も読んで、写真論も深めていきたい。

今はこれを読んでます。うーむ。写真を撮るとはどういう行為なのかについて、深めていっています。

お前は何を目指してるんだという話ですが、ただ、私のフィールドである弁証法唯物論(歴史に適応した場合には史的唯物論という)の思想と写真というのは、どうも深くかかわっているように感じますね…。

この世界を、連関する動的な(変化する)実在として見る弁証法唯物論…、写真というのもたえず揺れ動く世界を撮るものなんですよね。しかも被写体と撮影者の連関(動的な関係性)の中に写真が生まれてくる。そういう意味で、カメラは、被写体と撮影者を止揚する、弁証法的な「止揚する機械」といえるかもしれない。…。

また、史的唯物論というのは、社会は主体者によって変革されていくという思想なんですけれど、まさに、写真を撮るという行為には主体性が結びついていて、主体的に構図やシャッタースピード、絞りなどを選ぶ、そのことによって、目の前の世界が一枚の写真として形成されるんですよね…。色々と符合しているように思います。うーむ。

写真が産業革命以後に発達してきた表現である(史的唯物論もその時期からの思想)という背景も多分大きく関係しているんだろうと思います。

 

この立場で誰かが何か展開しているような気もしつつ。

まだ、何か体系だって書けるほど深まってないですが、そのうち、形になったら何か書きます。誰も求めてないだろうというのは思いつつ。

 

と、サルベージでした。

 

ああ、そういえば!

篠原ともえさんが、図書館・オーテピアに来て、プラネタリウムで星空解説をするイベント(9/30)の申し込みが無事完了しました。実は、これ、この半年くらい、かなり楽しみにしていたので行けることになって良かった…!

プラネタリウム、日曜日にいっても人気で、年間パス持ってるのになかなか入れないんですよね。平日はなかなか行けないしなぁ…。

 

真・ハーフソフトフィルター

この前、少し、クリアラッカーの吹き付けを薄くして、ハーフソフトフィルターを作り直しました。プロトタイプは、どうも吹き付けが濃かったらしくて、小さな星を盛大に食うということがわかりまして、試行錯誤。

この前、新ソフトフィルターを使ってみると、改善されて微光星をつぶしてしまわず良い感じでした。それもまた、おいおい載せましょう。

微妙な吹き付け加減で、なかなか言葉で伝えられないのですが、元がガラス板なので、クリアラッカーを除光液で何度ふきとったとしても劣化はしないので、いくらでもやり直しが出来るのが強みです。

納得がいく加減を追求したら良いですね。

 

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テクニカルグラス、他にも色々使えるかもしれないなぁ…。模索してみよう。

 

ああ、それと、この間、KPに液晶保護ガラスを装着しました。液晶モニターの質感が向上して、なかなかいい感じです。

グラマスの奴です。ちょっと高いんですが、実は、PENTAXのファミリークラブの年度更新時ポイントを活用して、リコーイメージングオンラインストアから入手したので実質無料(?)でした。これ、液晶画面が見やすくなるし、おススメです。

小さく物欲を分割して、解消していってます(笑)次は、安めのフラッシュをいこうかなという機材計画…。 

 

最近、謎の情報量の多いブログになっています。この記事も、情報量が謎に多い

記事を分けろという話なんですが、全部詰めていくスタイル。すいません(陳謝)

 

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星景サルベージその45 「おかえり、人類。」

うーむ。

災害列島・日本。本当に災害が続きますね。今度は、北海道で強い地震。道内全域で停電という未曽有の事態です。お亡くなりになった方々に心からの哀悼の意を表します。

 

本当に、この多発するありとあらゆる種類の災害へ、どう対応していくのか、日本列島に生きるなら避けて通れない問題ですね。

それでも、今回、泊原発が止まっていたことは不幸中の幸いでした。外部電源喪失という事態になりながらも、非常用電源で、核燃料プールを冷やしつづけることはできたみたいですね。これが稼働していた場合、不測の事態が起こる可能性が増大する訳ですから、余りにリスキーすぎる。最悪メルトダウンすれば周囲にはもう人は住めない…。このリスキーな手段に頼らずとも、別の手段で発電したら良いだろうと…。

ただ、今回原発が稼働してたら良かったという意見も中にはあって、なんというか、日本の言説空間におけるこのあまりの隔たり、何か違うものを見ているんだろうかとも思うんですが、同じもの見てるんですよね。うーん、よく考えてみないといけない。

こういう隔たりって、SNSだとブーストされるんですよね。で、隔たりがまた広がる=インフレーションしちゃうというか。

何かが起こるたびに、この言説空間の隔たりというか分裂にめまいがします…。まあそれでも、考え続けてみないといけません…。この言説空間のインフレーションについて。

 

まあ、それはともかく。全域停電と聞いて、私は不謹慎ながらも、「いや、そうなると星空がきれいだろうな」と思ってしまいました。星撮りの抗いがたき習性。

3.11の時にも、暗い夜空で満天の星を見上げて、それが印象に残っているという話がいくつか伝わっていますが、今回ツイッターを見ていたら何人かの方が、街明かりのない星空の美しさを伝えてくれていまして、大変な中ながらみんなやはり夜空を見上げるんだなと妙に納得してしまいました。夜空を見上げるという行為は、おそらく人間の本源的な欲求に根差しているんだと思います。暗闇の中に光を求める行為だからでしょうかね。

ただ大停電は、本当に大変だと思います、出来うる限りの早期の復旧がなされることを切に願います。

 

私ももし南海トラフ地震が起きて、無事生き残っていたら、復旧支援もしないといけないしなかなかそれどころではないとは思うんですが、何とか合間を縫ってワンショットだけでも、街明かりの落ちた高知の街並みと星空を撮っておこうと思います。それは、きっと、地震の被害を後世に伝える大切な証言写真になるでしょうから。

 

と、長い前置きを書きつつ、サルベージです。

 

「おかえり、人類。」

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PENTAX KP レンズ HD DA 15mm Limited 焦点距離15mm

ISO3200 SS30秒 F4 

2018.9.1 高知県土佐清水にて

 

火星の表面に見えるような仕方で赤く色かぶりをさせて、赤茶けた大地っぽく現像してみました。

空に輝くのは、この夏、15年ぶりの大接近をしていた火星。少しずつ遠ざかりつつありますね。そこから足跡がこちら側に向かうように、これは、意図的につけています。

その足跡にかなりのローアングルで寄って撮影。

 

何百年後か、何千年後かに、地球を抜け出していた人類が、別の惑星から、地球へ帰って来たような。あるいは、地球から別の星へ行ったような。そんなSF的なストーリーを思い描きながら仕上げてみました。

 

生命の起源に関するパンスペルミア仮説」というのがあって、宇宙には、生命が広範に存在しており、その生命の萌芽が、地球など生存に適した地表に到達することで生命が生まれたのではないかというものなんですが。パンとは、普遍的なという意味での「汎」、スペルミアというのは「胚種」、のことです。

一見、トンデモ理論ぽい感じがしますが、結構真面目に検討されている仮説でもあり、国際宇宙ステーションのきぼう実験棟で、宇宙空間に設置したエアロゲルで宇宙塵を捕集して、この仮説の検証をしたりしています(たんぽぽ計画)。生命は宇宙空間に耐えて星間移動ができるのかというのも、あわせて検証しているようです。

たんぽぽ計画 - Wikipedia

 

私は、地球で一回限りの生命誕生が起こったというよりは、確かに、宇宙では生命が普遍的に存在していて、それが連鎖しているという考え方の方が理にかなっているようには思います。宇宙原理に照らしてみれば、この宇宙は、どこを見ても本来は等価でしょうから。

 

写真に話を戻すと、宇宙にあまねく存在する(かもしれない)生命に、「おかえり」といってもらうようなそんな感覚で、一枚撮ったということですね。

 

あと、これは自作ハーフソフトフィルターでの作品なんですが、この自作フィルター、光星をかなり食ってしまうことが判明。もっと薄いのをつくらないといけないかと、吹き付けを加減して、もう一枚つくってみました…早くテストをしたい…が、しばらく晴れそうにないですね…。うーん。

 

shironagassu.hatenablog.com

 

そして際立つプロソフトンの優秀さよ…。自作でこの域に到達するのは至難。

プロソフトンのハーフは使ったことがないが、ねじ込み式のものと同じコーティングでしょうから、信頼できますね。もはやステルスもしない完全なるマーケティングですけど、普通にこれを買うべきだと思います(笑)買って経済を回してほしい。

 

とサルベージでした。

 

追伸・ヴァルター・ベンヤミンについて

追伸として。

ちょっとこの間、何を思ったか、写真史を学んでいます。

写真を撮るのに写真史は直接的には必要ないかもしれませんが、自分のやっていることが、人間の生み出した文化の中でどういう文脈に位置づけられる行為なのかというのに興味があるし、それを理解することは、ある程度自分の写真表現を変えるかもしれないなと思い…。

色々と読んでいってますが、ヴァルター・ベンヤミンというドイツの思想家が書いた「複製技術の時代の芸術作品」というのを読み終えたのでまとめ。写真や映画といった複製技術を用いた芸術作品の新しい芸術性というのが、どこにあるのか、という内容です。

鬼の連ツイで内容を要約しましたので、貼っておきます。

なので、このエントリー、書評カテゴリーにもいれておこう(笑)

 

 ↑このツイートからツリー上になっていますので、興味があればぜひ。

 

こんな本です。

ということで。ではまた。

 

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