シロナガス/星景写真と科学本のブログ

受信者としてのサイエンスブログ。「暮らしの中の星空」をテーマにした高知県内の星景写真、スタータイムラプスと、ポピュラーサイエンス/サイエンスノンフィクション(一般向け科学書)の書評。PENTAXで撮影しています。

荒波と冬の宝石

うむ、少し天候が回復してきましたかね。

ただ、まだ台風が出来たりしていますね。千葉県の台風被害も本当に深刻ですが、一日も早く復旧することを願うばかりです。

まだ9月ですので、これから台風がいくつか来ますかね…、被災からの復旧を急ぎつつ、他の地域でも警戒を怠らないようにしないといけませんね。

 

というわけで、遠方を行く台風16号(17日現在熱帯低気圧になったようですが)の影響か、荒波吹きすさぶ海岸で、冬のダイヤモンドを撮ってきましたのでアップしておきます。

 

荒波と冬の宝石

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PENTAX KP レンズ   HD DA☆11-18mm アストロズーム 焦点距離11mm

ISO1000 SS10秒 F2.8  アストロトレーサー使用

2019.9.16 高知県土佐市にて

 

この日は、撮りたいものがたまっていたので、2件はしごして、1件は冬のダイヤモンドを撮るために土佐市某所に(ちなみに1件目は微妙に不発でした…またチャンスを探らねば)。

大きな月があり、波を照らしていたのですが、ご覧の通り、なかなかの荒波でして、さすがにビビった私は、波打ち際から安全なマージンを撮って撮影してきました。作戦は、命を大事に。大事なことです。数十回に一回、大波が来て、それまで到達していたところから1~2m奥まで来たりしますからね。

自然の中で撮るということは、安全が第一ですね。危ないと感じたら近寄らない。非常に大事です。

我々現代人は(と、いつもながら主語がでかいですが)、とかく忘れがちですが、人間と自然が接するところでは、やはり、自然の力を目の当たりにせざるをえない場面が起こりうる。その結果として、被害を受けることもどうしても避けられません…。

冒頭で触れた台風被害にせよ、登山での事故にせよ、こういう海岸や川などでの水難にせよ、やはり、自然と人間が接する日常から離れた場所というのは、程度の差こそあれやはり危険性を伴ってしまう。なので、自然との関係では、踏み越えてはいけない線はしっかりと把握しておかないといけないなと強く感じるところです。それが自然を守ることにもなるし、自分を守ることにもなる。

 

と、話がそれましたが、今回は、その荒れ気味の海のおかげで、非常に迫力のある白波が撮れました。

ここは何度も撮影に行ってるけど、ここまで荒れてたのは、なかなか記憶にないかも。

まあ、以前、波が膝辺りまで来て、びしょぬれになったことがありますので、…うん(越えてはいけない線を踏み越えちゃってますね……)。安全が何より大事です。学習している。危ないと思ったら近づかない。いや、ほんとに、下半身びしょぬれにしてはいけない。自戒

 

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結びの線をひいて星名を入れたものを。

アステリズム(星の並び)は季節ごとに色々とありますが、その中でも特に大きいのがこの冬のダイヤモンド(ただ、一番大きいのは春の大曲線=北斗七星→アークトゥルス→スピカ→からす座かもしれませんね)。冬に南中する6つの一等星をつなぐ巨大な六角形です。

昨年までは、これを撮ろうと思うと、手持ちのレンズでは、10-17mmフィッシュアイズームしか選択肢がなかったのですが、今シーズンは、11-18mmアストロズームがある…。

11mm(換算16mm)で撮ると、地上景を入れて十分、ダイヤモンドを撮れるだけのが画角がありますね。

良きかな、良きかな。11-18はかなりズームを使うので、その都度のピント合わせに、この前入手したルーペが役に立つ。迷いなく合わせられますね。良いと思います。

地味にそこそこするけども…。

 

いやーしかし、夏の天の川も良いのですが、私はやはり、冬の一等星が共演するこの領域が、星景写真の被写体としては一番好きかもしれません。

ベテルギウスプロキオンシリウス冬の大三角を切り取るのもいいし、もちろんオリオンにフォーカスするのも良い。また真冬になってくると、さらにカノープスも出てきますしね。それも趣がある。

冬の星座は、色々な撮り方が出来て前景と組み合わせられるのは、非常に楽しいですね。

さあ、今シーズンはこの冬の星座群をどう撮りましょうかね。

ただ、これも2時過ぎなので、シーズンというには少し早いですね。星の出は、一ヶ月に2時間ごと、少しずつ早まっていきます。やはり10月以降がシーズンかな。

 

f:id:shironagassu:20190916204901j:plainクロスフィルターバージョンも。月のある夜は前景がダイナミックに写るので、それはそれでよいのですが、月のない夜の星いっぱいの空も撮りたいところですね。

 

うむうむ。

そして。

現在9月半ば。この辺りで、9月末〆切の二本のフォトコンに向けては、時間切れですね。今ある奴で挑戦するしかなさそうです。

とりあえず、都合7つの作品が出来ましたので、2つに振り分けて臨みたいと思います。

頑張ってタイトルを考えよう。

撮影者の意図を反映し、鑑賞者と撮影者をつなぐためにタイトルというのは大事だと思うんですよね。撮影者と鑑賞者の共通理解の内に写真の意味を生み出していく。もちろん、それは互いの思惑がずれて、写真に思いがけない意味が付与されてもいいし、私はむしろ、そのズレを歓迎もしますが、その意味創造の一助になるのがタイトルだと思いますので、頑張ってつけたいと思います。

いつも悩む。

まあただの選外量産マシーンなので、言っていることに説得力はないですが(笑)

ま、がんばろ。

 

ではまた。


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星景サルベージその71 月光と白滝

えー。先日、撮影に行ってきたんですが、なんと三脚を持っていき忘れるというあまりな失敗をしてしまいました。

 

うん。

さすがに三脚がないと撮れない…。

と思いつつ、カバンに入っていたミニ三脚で、一応何枚かは撮影してみたのですが、やはり思うようには撮れず。

とりあえず、インターバルをしながら、双眼鏡で星見を楽しんで、おもむろに帰ってきました。 

ああ、数少ない晴れ間を惜しいことをした。

とりあえず、先日買った、モニター用ルーペは試してみました。うむ。いつもより、3倍大きくなるので、星のピントはやはり出しやすい。

今後ともお世話になりそう。

 

と、いうわけで、今回はそれとは関係ない奴をサルベージをしておきます。

 

月光と白滝

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PENTAX KP レンズ   HD DA☆11-18mm アストロズーム 焦点距離11mm

ISO4000 SS30秒 F2.8  アストロトレーサー使用

2019.6.12 高知県高知市にて

 

月光が、風に揺れる新緑の中、滝の流れを白く照らします。

雲が流れる空は、月の影響で、青色に染まっています。

 

以前、冬に行ってみた滝ですが、夏に行ってみたらどうだろうと思い、滝が写りそうな月の大きな夜に行ってみました。

細かな霧状のしぶきが舞って涼しかった…のですが、しぶきが舞うということはなかなか撮影環境としては厳しい。

レンズヒーターをつけつつ、撮ることでレンズが曇ることはなかったですが、カバンがしっとりとなっていました。

レンズ…防滴で良かった。

 

これは、サルベージですが珍しく、試練を潜り抜けた奴で、リコーイメージングとっておきPhoto+に採用をしてもらいました。

ありがとうございます。

また、撮影して、何か送りましょう。

www.ricoh-imaging.co.jp

 

そして、そろそろ、9月末のリコーイメージングフォトコンテストの締め切りが近づいてきた…。うむ。送らねばならない、が。うむ…。

プリントをかけよう。

グランプリ撮ったら50万円なので、J limited買いますね。もちろん両方のカラーを大人買いです!(笑)

news.ricoh-imaging.co.jp

自信?そうね。びっくりするくらい、ね、ないですね…!

(でも、賑わいとしてまあ、がんばろ)

 

ではまた。


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晴れないので雨の森に行ってきた話

うむ。というわけでですね。

雨と曇りの日々が続きます。

が、実は、この前一日だけ晴れて、星が撮れたんですが、その前の連続雨デーのさなかに、自分でも方向性を見失って雨の降る山に撮影に行ってきました。

ので、そのことを書いておきます。

 

いや、星景がメインには違いないんですが、色々な撮影経験が必要かなと。雨の中の森の撮影というのは、星とはまさに真逆の被写体ですが、意外と楽しかったです。疲れたけど。

 

雨の森

というわけで、順不同で雨の森の散策を掲載。

あまり、危険なとこには行けないので、登山道がしっかり整備された近くの低山です。

朝5:30ごろ起きて、6:30ごろから入山して、10:30ごろには降りてきました。そう考えると結構いましたね。

最初は、曇り空だったんですけど、途中から予報通り雨が降り始めました。ちなみに山頂まで行っていません。なので登山ではなく入山。

 

レンズは主に11-18mm、部分的に20-40mm(+クローズアップレンズ)です。

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苔に寄って。

 

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面白い風景。

 

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だいぶ湿度が高く霧が出ていました。

 

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雨露。

 

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キンミズヒキの花。雨に濡れています。

 

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霧の中の森。雰囲気がありますね。

 

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キノコ。見た目はおいしそうですが、何のキノコだろう。20-40+クローズアップレンズで。

 

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朽ちゆく木の根。リアルレゾリューションシステムで。久しぶりにリアレゾりましたが、やはり描写力が格段に上がる。

 

一応、星景のロケハンとリハーサルも兼ねているので、三脚を含めたフル装備で登りました。(なのでリアレゾができた)まあ、なんとか意外と歩けました。

ただ、夜、ここを登って行けるかと言われると正直、難しいんじゃないかなと(笑)

開けてないので、そこそこ歩かないと星が撮れるような撮影ポイントに到着できません。

昼間歩くのは楽しいんですけどね。

 

また行ってみようと思います。キノコを撮るのも面白かった。

今度は晴れた日が良いなぁ…。

昼間の撮影でも経験値を積みつつ、少しずつ、撮れるものを増やして、星景に還元していきたいところです。

 

ではまた。

 

追伸 ペンタックスリコーファミリークラブの更新時期がきて、更新分のポイントが入ったので、リコイメストアで

このルーペをゲット。

いつも、この更新時ポイントで、DA35の角型フードを買おうと思ってサイトを見始めるんですが、見ている間に、別の欲しいものができてしまう。

ルーペは星のピントを厳密に出すのに、欲しかったんですが、今までなんだかんだで後回しにしてきた機材。だいぶ星撮影にも慣れてはきたので、ピントほぼ合うんですが、それでもまれに甘い時があるので、それを避けるために。重宝しそうです。

 

しかし、ファミリークラブはこの会員更新時のポイント率が大変お得…。払った分ほとんどポイントで還ってくるという。…。まあ、深く考えないでおこう。

 

 

星景サルベージその70 星々の航路〈RE-EDITION〉

というわけで。

前回の記事で、お話した通り、とりあえずもう一度サルベージです。

 

一年間、準備してきた県展が選外でしてね。

うん。

まあ、それ自体はしょうがないのですが、なかなか、やはり受け止めるにはある程度の時間が必要でした。やはり、このために一年準備してきたのに…というのは本当に重い。

と、まあしかし、私の愚痴を垂れ流してもしょうがないので、写真論に昇華しようと思います。

 

というわけで、サルベージ。

 

星々の航路〈RE-EDITION〉

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PENTAX KP レンズ HD DA 15mm Limited  焦点距離15mm

ISO2000 SS30秒 F5.6 約1時間半分を比較明合成

2019.01.13 高知県高知市にて

 

実は、これは、ツイッターで「前景に比べて星空が弱いように感じる」という、ご指摘を受けまして、 なるほど、そうかと思い、再編集したものになります。比較明を細くなる編集から、普通の編集に戻しました。応募したのは下のものです。

確かに、前景と星空のバランスというのは考えが及んでいなかったですね。前景が確かにかなり派手なので、そこはバランスが崩れていたかもしれません。

 

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ただ、なぜ、選にもれたのかは本当のところはわからないわけですが、まあ、選にもれたという事実だけで十分です。それを受け止めて、明日を迎えねばならない。

 

明日を迎えるための写真論として

話はいったん変わるのですが、この間、写真論を通して、ポストモダン思想に迷い込んでいた私は、どうも、ポストモダンとの折り合いが悪く、このポストモダン後の思想展開というのは、何かないのかな、と探しておりました。

ポストモダンの何が相性が悪かったかと考えると、かなりざっくりしますが、次のようなところ…。つまり、どっちもどっち的な相対主義で、かつ主観的に寄りすぎて、終末観というか歴史的な行き詰まり感を基底に持つ≒方向性が見当たらない…というあたりが、うん、どうもしっくりこなかった。

これを乗り越える思想潮流があるはずだと、色々探していると、どうも「新しい実在論」というのがあるようだぞ、と。マルクス・ガブリエルというドイツの哲学者の邦訳が出てるということに行き当たりまして、読んでみました。

結論からいうと、これは、現代の写真論を支え得る理論的支柱だなと感じました。探していたのはこれだな、と。これは、見つけちゃったな、と。

 

新しい実在論

こちらもざくっと言ってしまうと、「客観的な実在を認め、われわれはそれを認識できる」、そして「実在は多様な『意味の場』の中に現れる」…。

2個目がわかりづらいですね。

ガブリエルは山の例えを出しています。Aから見たC山、Bから見たC山。同じものを見ているのですが、その認識=視点(パースペクティブ)も客観的な実在なのだから、Aから見たC山というのも、事実だし、BからみたC山というのもBという『意味の場』から見た事実だというわけです。

そのように、物事は多様な『意味の場』の中に立ち現れてくる。これが存在するということなのだ、と。

 

ガブリエルは民主制という言葉を使いますが、なるほど、たしかに非常にデモクラティックな思想だと思います。多様な視点の在り方を認めそれぞれの平等性を開きつつ、しかし、客観的な実在を認めるゆえに、そこには相互批判の可能性も開かれています。客観性があり批判ができるということは、そこに、ポストモダンにはない進行方向・ベクトル・方向性が見出せるということです。簡単にいってしまうと、良い悪いがちゃんと判断できる。

タイトルの「なぜ世界は存在しないのか」というのは、つまり、在るということが『意味の場』に現象するということなのだから、すべてを包括する『意味の場』などないのだ、という意味なんですね。(まあ、そこは本を読んでみてください。)

 

新しい実在論を、写真論として見ると、被写体という客観的実在に対して、無数のパースペクティブから写真を撮りうるということです(これは自明ですよね。確かにその通りです)。そして、客観性を基礎にした相互批判の中で、よりよい写真とは何かという方向性に歩んでいける。

 

そして、『意味の場』

この用語が非常に重要で、世界という全体はない代わりに、私たちの日々の中には、無数の『意味の場』が現れては消え、次の『意味の場』が形成されていくという連鎖の中にあると考えるわけです。世界という全体的な包括の中ではなく、様々な意味の連鎖の中に我々はいるのだと。

つまり、そこから次のことが導き出されます。

今日起こった不幸な出来事が、また違った『意味の場』の中に置かれたら、別のパースペクティブを得て、明日には別の意味の出来事にもなりうるということです。

実際の経験から考えてみると、それはそんなに突拍子もないことをいっているわけではないのがわかります。非常に落ち込むようなことがあっても、いつの間にか、それが、和らいで、何とも胸に残るようなものへと変わるということはないでしょうか。何かの失敗とか、失恋とか、友人や親類との離別とか…もちろん、その物事が、ずっと、同じ『意味の場』にとどまり続けて、心痛にさいなまれ続けるということもあるわけですが。しかし、可能性としては意味は変わりうる。

つまり、物事は、人間によって変え得るということです。それを新しい実在論では、『意味の場』を置き換えると考えるわけですね。客観的実在に対して、人間は働きかけ意味を変え得る。

ガブリエルは、幸いなことに、といっていますが、「私たちには尽きることのない意味に参与することが許されている」、と。それが人生の意味であり、生きるということなのだと。尽きることのない意味に取り組み続けることが「できる」のだ、と。(これが、幸いなのか、それとも、意味を追い続ける不幸なのか…私も幸いだと思いたい気持ちが半分、しかし追い続けることのしんどさが半分ですね。)

 

なるほど。

まさに、これは写真のことだなと。

私たちは、写真を撮り続けることができ、そして、撮ることで、その画像に意味を見出します。

そして、フォトコンに出して不幸にも選外になるとする。

そのフォトコンという『意味の場』では、認められなかったとしても、違う『意味の場』――私は、これをずっと文脈と呼んできたのですが、多分ほぼ同じ意味にとれると思います――違う文脈のなかに置かれたら、誰かにとっても何かしらの文脈を語るものになりうるかもしれない。(もちろん、ならないかもしれないけれど。)原理的には、その可能性は開かれている。

例え話の一つとしてのフォトコンですが、それは当然ながらフォトコンという狭い基準に限らず、一人ひとりの鑑賞者にたいして無数の『意味の場』=文脈の中に、写真は現れることができるということです。

誰かに届かなかった写真が、他の誰かには届くかもしれない。その時届かなかったものが、いつかは届くかもしれない。

これは、写真に許された希望だろうとは確かに思います。

 

文脈を紡ぎながら、隣人ともそれを客観的なものとして共有し、相互にコミュニケートしながら、我々は、日々を生きていくということです。この点も大事ですね。客観的実在を認めるということは、我々は物事を(あるいは写真の意味を)他人と共有できるということです。

 

私は、写真を撮るということは、――何度か言っていると思いますが――まさに生きることのアナロジーだと考えています。

人類は今、かつてない量で、例えばカメラ付きスマホで、毎日何かしらの写真を撮り、それを残していっているさなかにあります。そこにある無数の写真は、その人の輪郭を(あるいは人類の在り様を)あらわすものに他ならないでしょう。まさに写真を撮ることが生き方を示す時代に、我々は生きているのです。

そして、明日がまた来ることを我々は拒めない。意味の場の中に、無限の文脈の中に参与していくことを拒めない。

 

いつも通り、話が大きくなってきました。

まとめたいと思いますが、つまり、不幸なことがあっても、我々はそれに働きかけ意味を変え得る可能性を持っているのだと。

不幸な出来事はそれはそれとして客観的なものとして残るかもしれない。でもその意味は変え得るだろうと。そう新しい実在論は我々に伝えています。

 

ということで、いやもうほんと県展落ちたの、ものすごくショックでした。

立ち直れなかったらどうしようと、心が沈んでしましたが、写真論が私を救ってくれました。写真論読んでてよかったぜ!

あああ、あー、また、一年頑張ろう。

今回、落ちるということを知ったので、次、落ちても、まあ、今回ほどショックを受けないと思います。いや入選したいけど、でも、たんたんと生きていきます。うあー。

 

終わります。

そうそう、PENTAXのとっておきPhoto+にひとつ写真が採用されたのも、少し、傷をいやす薬になりました。ありがとうございます。

それも、またいずれサルベージしたいと思います。

www.ricoh-imaging.co.jp

 

ではまた。いつものことですが、今日もまた話が大きすぎましたね。

 
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