シロナガス/星景写真と科学本のブログ

「暮らしの中の星空」=星景写真+サイエンスノンフィクション書評。PENTAX使い。

本との出会いは、時に人を救うという話

うむ。

今日は、実は、山岳写真で活躍する写真家の石川直樹さんが、高知に来て、高知蔦屋書店で、講演をするという催しがありまして、行ってきました。

 

昨年末に発表した写真集と、その元になった、昨年のヒマラヤ山脈での登山・撮影についてのお話でした。8000m級の山、6峰に挑み、5峰に登頂を果たしてきたそうです。

 

いや、良かった。

お話の中で、非常に、印象に残ったのは、「同じ山に同じ季節に行っても、毎回、慣れることはない、新しい体験で、常に一回性の感覚がある」という部分でした。

山は、何百年も何千年も、変わらずそこにあるのに、距離感が変わり、山が変化していく感覚がある…とのこと。

すごく、印象に残ってしまい、どういう感覚なのか、もう少し教えてほしいということで質問もしてしまいました。

その時のお答えをメモの限りで起こしてみたいと思います。

何とも言い難い感覚。普段の道は、何度も通っていると、(日常になって)驚きを感じなくなると思うが、(そういう意味で)慣れることがない。同じ道を通ったとしても驚きがある。特にヒマラヤでは、同じ道を同じ時間帯に歩いたとしても新しい感覚に出会う。

トレッキングよりも、8000m(級)の登山になると、「一回きりの人生」を生きているというのすごく感じる時がある。

なので、天候を待って、(晴れの時に)撮るという感覚はない。(その時出会ったものを)きちんと写真に撮る。曇っていれば曇りを、大嵐の時は大嵐のまま写真を撮っている。

ちょっと細部違うかもしれませんが、大意としてはこういうお答えをもらいました。

なるほど。

 

特に、強調した部分が、その新しさの感覚の元なのかなと感じました。

実際の登山のお話では、雪崩や危険な個所などに突き当たり、登攀をあきらめざるをえなかったりという、命のかかった判断も余儀なくされるというのがよくわかりました。

 

別の質問に答える中で、次のような、旅する原動力についての話もありました。

(登山や北極、南極などへの冒険をする理由は、)旅の延長線上として、行きたいところの最大限として行けるところまで行っているだけで、見たことないものを自分の目で見たい、自分の身体で、身体として感じたい、理解したいということが原動力。

石川さんの感じる「新しさ」「一回性」というのは、自分が生きる、その生き方の最大限、めいいっぱいのところに到達するという感覚なのかもしれません。毎回、生の在りようを振り絞ったがゆえに到達できた地点、そこから見える風景は、常に新しい、…とそういうこと…なのでしょうか。根っからのインドア派の私では、到底到達できない風景ですよね。でも、それを、このように、聞ける、受信できるというのが、自分自身を受信者としてアイデンティファイする私としては、嬉しいです。

私が到達できないこと・場所、獲得できない知識というのは、もう、私の能力をどう磨こうとも、どうしても存在し続けるわけですが、その到達した感覚の一端を誰かに共有させてもらえるというのが、受信者の強みでもあります。

 

石川さんの一回性を大事にする感覚は、写真撮影を中判フィルムで行うという撮影方法にも現れているようです。

10枚撮りで、何度も同じ場面にシャッターを切ることはない、多くても2回ということでした。

そういう、一度出会ったものを、一期一会として捉えていくという姿勢は、あこがれを感じます。

 

そして、その写真が、写真集になった石川直樹「Kangchenjyunga(カンチェンジュンガ)」カンチェンジュンガというのは、ネパールとインドにまたがる山の名前だそうです。

いやはや、これ、写真では伝わらないのですが、すごい存在感のある本で、もはや紙の束というものすごい物質性のある本でした。まさに本物という風格。写真集だけではないですが、こういう本がたまにあるんですよね。写真集の場合は確かに相対的に多いんですけど、例えば、レベッカ・ソルニット「ウォークス」などは普通の文字の分厚い本なのですが、本屋で手に取り、触った瞬間に、ああ、こいつは本物だわと思って、気づいたらレジに並んでいました。この前、ご紹介した金サジ「物語」とかも、私を動かしたのは、この本物感でしたね。

shironagassu.hatenablog.com

 

石川直樹「Kangchenjyunga(カンチェンジュンガ)」、いやはや、中判フィルムで撮られた圧倒的情報量もさることながら、そのアスペクト比が、また、気持ちいいんですよね。おさまりが良い。このでかい印刷で見れることが、ありがたい。

石川さんが、冒険に一期一会を感じるように、(もちろんその感覚の何十分の一くらいでしょうが)、私も、一介の読書・本マニアとして、本との出会いには、この一期一会というのを強烈に感じてしまいます。

本とは、出会うべき時に、出会う準備ができたから出会うのだ、というのが私の信条です。

というわけで、この写真集、お迎えをしてしまいました。

 

今日は、別件で、なかなかの最悪の日でして、ほぼ寝付けず朝を迎えてしまい、人生について、色々と考えてしまうような日だったので、実は、この石川さんの講演も予約はしたものの、気分の重さから行けるかどうかという感じでした。

何とか行ったというのが本当だったのですが、この一冊の本に出会えたことで、言語化は難しいのですが、すごく救われた気持ちになりました。

本との出会いというのは、人を救いますね。

ありがたい。

 

今日は別のことを書くつもりだったのですが、講演から帰って、この気持ちのまま、記事を書いてしまおうということで、このお話にしました。

 

ということで。

ではまた。