数学。
様々な科学的分野で応用され、特に物理学とはその進歩を一体のものとしてきた。物理学と数学は「共生進化」してきたといっても過言ではない。
一方で、生物学が扱う生命現象は、数学とはなじまない、と長い間、思われてきた。本作では、生物学の研究の到達点を様々な角度から明らかにしながら、著者が生物学の「第6の革命」と呼ぶものを描き出していく。
それは、数学と生物学の邂逅、数理生物学の発展である。
著者は、数学者であり、サイエンスノンフィクションの著作も多いイアン・スチュアート。数学者の視点から、生物学を読み解く様は何とも新鮮だ。
生物学における革命とは
著者は、これまで、生物学には5つの大革命があったとして
①顕微鏡の発明、
②地球上の生物の体系的分類
③進化論
④遺伝子の発見
⑤DNAの構造の発見
の5点を挙げる。
そして、それに続く第6の革命として、数学が「深いレベルで生物学そのものに重要な洞察を与え、生命がどのように機能しているかを説明する助け」となる時代、数理生物学の発展の時代を迎えていると説明する。
冒頭で著者は、「20世紀における新たな数学のおもな推進力が物理化学だったとしたら、21世紀にはそれは生命科学となるだろう」と力強く断言する。
数理生物学の実際
本書では、生物学における数学の活用が、非常に多岐にわたることが示されている。
例を挙げよう。
例1 クラスター分析という統計学の手法を用いて、同じ個体群における、オスの生殖戦略の違いを見つけ出す。具体的にいえば、甲虫のオスが角の大きなメジャーと、それよりも小さくメジャー同士の争いの隙にメスに近づく戦略をもつマイナーに分かれているという。
例2 同所的種分化が起こる仕組みを遺伝子拡散に基づいた数学モデルを組み立てて説明する。種分化に必ずしも通過不可能な障壁が必要ないことが示される。
例3 生物の個体数の変動をカオス的なダイナミクスで説明する。
例4 DNA切断の生物学的プロセスの特徴を、結び目を扱う数学的手法トポロジーで研究する。
などなど…、多種多様な例が示されている。
正直、自分でも書かれていることの全部が理解できているとは言い難いというのはなんとも難点だが(笑)、とにかく数学が広い生物学の各分野に応用されていることはよくわかる。
とりあえず。
とりあえず、わからない部分があっても先へ進むことをお勧めする。著者の理論整然とした論理展開にこっちが追い付かない場合はままあるが、まあまあ、読み進めていればまたわかるところに戻っては来る(笑)
これからも楽しみな数理生物学
数理生物学では、複雑な生命現象を、単純な数理モデルに変換することで、現実の現象をシミュレートしたり、理想化したりして、生物学的洞察を得ていく。
複雑なモデルがいいモデルと限らないというのも面白い部分だ。
生命が複雑だというのは、次の点からもあきらかだ。すなわち、ヒトゲノム計画で30億個のDNA配列を解き明かしても、それだけでは個体がどのようにして形作られるのかを説明できないという問題だ。
DNAだけでは、現実を説明するには足りないというわけだ。
そこにも数理生物学が解き明かすべき謎がまだまだありそうだ。
「今日の科学の最前線では、互いに孤立しておのおのの狭い専門分野に取りつかれた科学者集団ではなく、多種多様でお互いに相補う関心を持った人々のチームの必要性がどんどん増している。科学は、村の集合体から世界規模のコミュニティーへと変わりつつある。数理生物学の物語が何かを語っているとしたら、それは、一人一人が不可能なことでも互いにつながったコミュニティーなら成し遂げられるということだ」とは、本書における著者の結びの言である。
科学の諸分野の境界線が崩れつつある現代の様子を的確に表しているのではないだろうか。
これからの数理生物学の発展が、非常に楽しみだ。