シロナガス/星景写真と科学本のブログ

受信者としてのサイエンスブログ。「暮らしの中の星空」をテーマにした高知県内の星景写真、スタータイムラプスと、ポピュラーサイエンス/サイエンスノンフィクション(一般向け科学書)の書評。PENTAXで撮影しています。

書評「生命の歴史は繰り返すのか」

進化生物学のサイエンスノンフィクションにおいて、もはや古典と呼んでも差し支えないヒストリカルな一冊に、ティーブン・ジェイ・グールド著「ワンダフル・ライフ」がある。

この本で、グールドは、そのウィットに富んだ筆致で、バージェス頁岩で見つかった多種多様なカンブリア紀の生物たちを紹介し、生物進化の歴史に、偶然性が大きく関与しているという説を擁護した。

一方で、サイモン・コンウェイ・モリスは「カンブリア紀の怪物たち」を著し、進化の幅は限られていて、ある程度まで決定論であると論じた。

この論争から数十年(ワンダフル・ライフは1989年の作)、進化生物学で集積された最新の知見が、この論争に再び光を当てることになる。

非常に幅広い進化生物学の実験を紹介しながら、生物進化は決定論的なのか、偶然に左右されるのか、本書は読者とともにこの謎を問いながら進んでいく。

 

進化の速度

かのチャールズ・ダーウィンは、自然淘汰という強力な進化の法則を発見したが、それを実験的に確かめるということをしなかった。それは、彼が、進化は、地質学的な長期間を経てなされるものだと考えていたからである。

しかし、最新の知見によれば、進化は、非常に急速に進むことが明らかになってきている。

本書でも、多くの例証が紹介されている。

有名なものもあれば、この本で初めて読んだものもあるが、フィールドや研究室で進化を可視化・定量化する観測や実験が盛んにおこなわれている。

特に有名なのは、ガラパゴス・フィンチの経年観察によって、干ばつにおける自然淘汰を明らかにしたグラント夫妻の長年にわたる研究だろう。

その他にも、トリニダード・トバゴにおけるグッピーの実験、著者自身のバハマでのアノール族のトカゲの進化実験、そして、7万世代を超えて毎日継続実験がなされている大腸菌の変異実験(LTEE・ long-term evolution experiment 長期間進化実験)など、興味深い事例が事細かく紹介されている。

 

進化の速度は速く、特に細菌の世代交代の速さは、壮大な進化のテープをリプレイさせるというグールドが想像しつつも実現できなかったことを、今まさに目の前で再現をしている。後で触れるが、大腸菌を使ったLTEEの実験では、非常にエポックメイキングな進化も起こっている。

果たして、進化は決定論的なのか、偶然の産物なのか…?

 

収斂進化と進化の特異性

コンウェイ・モリスが、進化の必然性(決定論的性格)の大きな論拠としたのは、収斂進化という現象だ。

収斂進化はありとあらゆるところで起こっている。

例えば、目は、タコのものと、人間のものは非常に近い構造になっているが独立に進化したことが分かっている。イルカとサメが水中をより速く泳ぐという淘汰圧を受け流線形の形に進化しているのも収斂といえる。

また、本書でも、何度も繰り返し収斂進化する実験事例なども出てくる。

収斂進化は強力な法則的進化といえる。つまり、ある環境に適応しようとすれば同じ淘汰圧にさらされ、その結果、同じような進化(つまり収斂進化)を起こすのだ。どうも、これは確からしい。少なくとも、「短期間」を見れば。

 

では、もっと長いタイムスケールで見ればどうなのか、というのが本書の肝でもある。

しかし、長いタイムスケールの実験をするのは容易ではない、そこで出てくるのが、大腸菌の短い世代交代を利用したLTEEだ。1988年2月24日から、続けられている実験で、現在大腸菌の世代は7万をこえたようだ。一つの株を12に分け、それぞれを毎日、グルコースブドウ糖)以外に利用できる餌を与えず進化を促すという実験だ。

人間の1世代を30年と見積もれば、人間でいうと約2000万年分の進化のテープを早回ししたことになる。

この実験においても、基本的には、同じような進化が見られた。やはり進化は決定論的――しかし、第33127世代において、この見方に異議を突き付ける結果が現れる。突如として、グルコースではなくクエン酸を利用できる大腸菌が進化したのである。クエン酸が、溶液に含まれていたのは偶然だという、それまでの大腸菌を使った実験では、クエン酸を有酸素で利用できる大腸菌は生まれなかったために、前例を踏襲したようだ。

その偶然の中に、有酸素下でのクエン酸利用ができる大腸菌という、非常にまれな進化が起こったのだ。そして、その後もこれと同じ変化は、他の11の群では起こっていないという。究極的なレアケースである。

この進化がどういう遺伝子の変異で起こったのかも次第に突き止められ、その結果、ごくごくまれな進化(変異)が幾重にも重なった結果、クエン酸を利用する進化に結び付いたということが分かってきた。

しかも、その進化の重なりは、クエン酸を利用するという目的論など持ち合わせていない自然淘汰の仕組みが、偶然にも、前提条件となる変異を獲得し、それが存続した結果なのだ。

つまり――進化は、長い期間で見れば偶然に大きく左右される。こう結論づけることができる。

 

決定論を超えて

生命は、次第に進化して、ヒトのような、知性をもった生物へと進化をする。という決定論的な見方は、実のところ、非常に人間中心的な進化観だと言える。

知性――というのが何を指すのかにもよるが、カラスなどは非常に賢く道具なども使用するし、チンパンジーの道具を扱う能力の高さも知られている。また、イルカなども仲間とコミュニケーションをとるなど知性的行動をとる。その意味でも、人間以外にも高度な進化の形というのはありうる。

こういった多種多様な進化の形を見れば、人間の誕生というのは、何か進化の究極的な到達点などではなく、多様な進化の一つの枝の先にある一種の特異点にすぎないことがわかる。

本書は、現代の生物学の知見を踏まえて、この人間中心的な進化観に、大きく問題提起をして見せる。そして、そのことは、進化のより深いダイナミズムを人間が理解することでもある。人間は究極の到達点ではない。だからこそ、多様な進化の道筋へと目を向けることが大切にもなるのだ。

 

本書は、著者ロソスによる「ワンダフル・ライフ」へのアンサーソングである。

この渾身のアンサーソングは、生物進化の多様性とその奇跡的な偶然性を謳い上げる。

私たちが、ここにいるのはおそらくは偶然なのだろう。生物は自然淘汰を潜り抜けながら、偶然の積み重ねの先へと進んでいく。

この唯一無二の歴史の1ページを目の当たりにできることは、少なくとも、偶然にも「知性」をもちえて今ここに生きている我々の心を、強く打つのではないだろうか。

 

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