うむうむ。
じわじわと師走も進んでいきます。
もう年の瀬もすぐですね。
一年早いな…。今年は忙しかったな。
また一年の星景については、まとめたいと思います。
年内最後の記事がそれだと美しいかな。
一応、応募を続けてきた種々のフォトコンの結果もまとめないといけない。
目標にしている県展を落ちたというショックが非常に大きかったのですが…ええ、落ちるの…というずっとそれは自問自答している。
まあ、どうなるやら。
今年は明らかに去年より撮影回数少ないと思います。
本当に忙しかった。思い出すとえぐいので、忘れていこう…(笑)
今年のテーマ
今年は、3つの撮影方法の確立にたどり着いた年になりました。まあ、今年だけで完成させたわけではないのですが。
1、花(前景)と星を同時に撮る「パンフォーカス星景」。
2、固定撮影(星追尾しない撮影)をアストロトレーサーでアレンジした「ほぼ固定撮影」。
3、20分=1200秒の一枚撮りで星の軌跡をえがく「20分長秒露光」。
と。まあ、もちろん比較明合成というのもあるんですが、あれはまだ自分の撮影方法として、これだという感触を得ていない。精進していきます。
まあ、ひとつひとつ、特に難しいことをやっているわけではありません。
そして、特に、写真がうまくなっていっている気配もありません。ただ、色々な撮影方法で、色々な表現手法で、星景を撮れるようにはなってきています。こういう量的な…広く浅く広げていくのは得意なんですけどね。質的な変化はなかなか苦手ですね。
それと、どうも、私の目指している方向と、いわゆる「良い写真」とのギャップが少しずつ広がってきた一年だったのかなと。まあ、それが悪いとおもっていない、悪びれないタイプ。すきなように撮ればいい、趣味なんだから。
と、愚痴なのか何なのかわからない言い訳をしておいてから、本題なんですが。表題の今年のテーマ。
実は、パンフォーカス星景において、私は、今年は、中景を生かそうということを考えて撮影をしてきました。
どういうことなのか。
まず、これが去年の作品。
彼岸花と、星という主題なんですが、近景(花)と遠景(星)の関係は描かれているし、これはこれでいいと思うんですが、花から、星へ向けての中景が描かれていません。
実はそこは大事なのではないかと、今年のテーマにしてきたんですよね。
で、
これは、先日撮影してきたもの。
街中の一角なので、環境光で中景が照らされて、描写されています。
空には冬の大三角。
中景が入ると何が違うのか。
奥行き、遠近感、立体感が生まれることで、写真の上を視線が動く道筋が確保できると思うんですよね。
上の写真でいえば、まず花を見ますかね。
そして、それが、奥へと小さくなりながらつながっているのを追って、星へと誘導されていく。
写真の中で、視線の動きがあるというのは大事な要素だと思うのです。
写真を見るから少し踏み込んで、鑑賞(というほど大げさでもないけれど)してもらうためには、1秒でぱっと飛ばされてしまうのから、5秒~10秒かけて、視線を動かしてもらう間がほしいな、と。(前回の記事ではその「間」は弱さに求めました。私の写真に通底するテーマです。弱さ論は、わかりやすくない、むしろ弱い写真だからこそ、あなた=鑑賞者に目を凝らしてほしいぞということですね)
その時間=「間」が、写真に意味を与えますし、鑑賞者の主体的な文脈への参与(難しい言い方をしましたね…鑑賞者が自分の思いを写真に投影できる…)ができる心理的空間でもあると思います。
ちなみにこれも、中景を生かすパンフォーカス星景の一例。
まず彼岸花を見て、視線は棚田から、空気遠近法で青くなっていく山へと向かい、空のオリオン座へと向かっていく。
この時は、朝の薄明の時間を待って、中景が写るように撮影をしています。
という、パンフォーカス星景における今年のテーマ。
うーん。
良いと思うんですけどね。自分としては。半信半疑ながら。
正解がわかんないんですよ(笑)
常に自問自答ですね。本当は、対話・討論みたいなものが必要なんだと思いますが究極のボッチ体質でしてね。自分で問いを発し、自分Bが応えるという内的プロセスをたどるしかない。
まあ、いやいや、これからもなるべく、鑑賞者の(写真のなかでの)居場所づくりという視点をもって、写真を撮りたいと思います。そこは色々な解釈ができると思うので、考えてみたいです。
ということでした。
ではまた。