シロナガス/星景写真と科学本のブログ

「暮らしの中の星空」=星景写真+サイエンスノンフィクション書評。PENTAX使い。

【書評】日本の星名事典

星に名前をつけるという行為は、古今東西人類の文化の中に深く根を張っている。この地球にまったく星が見えないという土地はない。

星の名には人が、自然と、そして人と関わり合いながら紡いできた暮らしのありようが刻まれている。星の名を知るということは、その連綿と続いてきた人々の営みを受け継ぐということでもある。

本書は、日本に伝わる約900の星名を、文献調査と、聞き取り調査をもって、拾い上げ光を当てた労作である。

 

 

星の名は時を超えて

私たちは、星を見上げて、あの星はシリウスだ、あれはベテルギウスだというように、星の名を認識している。それは、古代メソポタミアから西洋の文化へと伝わった星の名であり、世界的に通じるものでもある。

しかし、一方で、ここ日本にも、星を名付ける文化が、当然ながら存在していた。

当然というのは、そのことが、人類のいる所には必ず存在する文化だと考えられるからだ。例えば、メソポタミアギリシアは言うに及ばず、古代エジプト黄河文明、中米のマヤ族、ポリネシアの島々など、世界のどこを見ても星にまつわる物語や伝説が伝わっている。それは、その土地の文化を色濃く反映するものにもなっている。

本書は、日本の星の名を、先行する文献からの拾い出しと、綿密な聞き取り調査から、幅広くまとめ上げている。

そこから、見えてくるのは、星が、人々の日々の暮らしの目安として、深く暮らしに根付き、人生や農漁業などの生業とともにあったということである。機織りなどの手仕事や農機具、漁具などの名前のついた星からうかがい知れるのは、庶民の暮らしの中にごく自然に星を見上げる文化が根付いていたということでもある。

 

人類の文化を受け継ぐ

表題通り事典として、この一冊を手元において、折に触れて活用していくことが、この類まれな労作に報いることにもなるだろう。

しかしながら、星の名の伝承は、現在までどれほど残っているのだろうか。私も、子どもの頃、明治生まれの祖母と共に暮らしていたが、星の名を教えられたという記憶はない。残念ながら、もしかすると、各地の星の名は、時の流れの中ですでに失われてしまっているのかもしれない。

そんな中で、この本が、900もの星の名を記録していることの意義は限りなく大きい。筆者があとがきで呼びかけるように、この研究を基礎にして、さらに受け継いで発展させる仕事が後世に続くなら、こんなに素晴らしいことはないだろう。

 

星の名を知ることは、そこにかつての人々が込めた思いを知ることでもある。それにはたしてどんな意味があるのだろうか。

私たちは、人類が誕生して以来の歴史的文脈を離れては、けして生きられない。私たち一人一人は、否が応にも、人類の歴史の端の片隅で、日々を紡ぎながら生きているのだ。星の名を受け継いでいくことは、人類が育んできた文化を、もっといえばその一人一人の思いを未来へつないでいくことであるともいえるのではないだろうか。

本書を手に取って、星に思いをはせ、できれば実際の夜空を見上げてもらいたい。その経験は、少しだけ、だがしかし確実に、私たちの人生を豊かにしてくれることだろう。

 

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