Y染色体。
哺乳類の性決定に重要な役割を果たす遺伝子であり、父系からのみ受け継がれ、これを受け継いだ者はオスになる。
この重要な遺伝子が、時とともに小さくなり退化しつつある、という。
果たして、Y染色体とオトコはどうなってしまうのか?
性決定の仕組みがよくわかる
まず、この本は、Y染色体の運命をたどる前に、性決定における基本的な仕組みを、説明する。
哺乳類では、性染色体がXYであればオス、XXであればメスになるのだが、これは、必ずしも普遍的なしくみではない。
ZZ(オス)とZW(メス)という性染色体をもつアフリカツメガエルや、遺伝子以外の性決定のしくみをもつ魚類や、卵が育つ温度が高ければオスに、低ければメスに、というカメやワニもいる。
性決定の仕組みに問題が起こると性比が偏るので、偶然に別の性決定の仕組みを獲得した個体が現れ、足りなくなった性を生み出して急速に増加しバランスをとるということを、長い進化の歴史の過程で繰り返してきたということのようだ。
ただ、一方で、哺乳類は、XYという性決定の仕組み一種をかたくなに守っていて、進化の道筋と可能性を制限している状況にあるらしい。これがなぜなのかは、はっきりとした理由はまだわかっていないようだ。
細部に丁寧な仕上げ
男性にまつわる多様なトピックスをとりあげて、専門家の視点で解説してくれるのも魅力だ。
日本人のY染色体のルーツを探ると、大陸では駆逐されてほとんど残っておらず、日本列島に来たからこそ残ったことがわかるという。
つまり、縄文人と弥生人という2タイプの「大陸の落ちこぼれ」が、平和的に共存したのが現代日本の男性ということになる、という話も面白い。
そして、丁寧だな、と感じたのは、そこについている注釈である。
この研究は、あくまでも日本人のY染色体から、日本人男性の遺伝的構造と、日本で起きた人類の移動と分布について考察されたもので、日本人が過去に侵略や略奪行為を行ってこなかったことを示唆するものではない。
ふむふむ。こういう細部に丁寧な仕事がみてとれ、著者の細やかな配慮を感じる一冊である。
で、Y染色体はどうなるのか?
哺乳類は、結局、自然状態で単為生殖(メスだけで子孫を残す)はできないということらしい。そして、長いスパンでみればYが消えることも間違いないらしい。ふむ。やばいな。
が、哺乳類の中でもトゲネズミにはY染色体をもたないものが存在するらしく、Yが消えたからオトコが絶滅するという単純な問題でもなさそうだ。
そして、人類のYの退化のスピードも非常にゆっくりになっているとのことで、いずれYが消えるにしても、けっこうしぶとそうだ。
XY染色体をもつ身の上として、少し安心させられる結論である。
ただ、Y染色体消滅の危機を何とか乗り越えたトゲネズミも、人類がもちこんだ環境変化によって絶滅の危機に瀕しており、ヒトについても絶滅をおそれるのであれば、Y染色体以外のことを危惧すべきだという著者の言には、なるほどと思わされる。