ウェールズ地方の小石を拾い上げ、小石に記された地球の歴史をひも解いていく。
地球の歴史を語る本は数あれど、「ひとつの小石」から描き出される地球全史は、なかなかにユニークで興味深い。
著者のヤン・ザラシーヴィッチは、地質学と古生物学を専門にするレスター大学講師。軽快でウィットにとんだ語り口でなかなか読みやすい一冊になっている。
残された痕跡
何の変哲もない、スレート(粘板岩)にいかに多くの情報が隠されているのかということにまず驚きを隠せない。
宇宙の誕生から、初期の星々の超新星爆発を経ての太陽系の誕生、マグマの海から始まった地球、かつての巨大大陸アバロニア、生物の痕跡、そして、さらにその未来まで。
例えば、小石に含まれるジルコンという鉱物を調べると、将来小石になるであろう成分が含まれていたマグマについての継続的な変化の様子が読み取れる。
生物の(ものだと考えられる、本質的には謎に満ちた)微化石も小石の歴史を語る重要なファクターだ。
「起源が混乱していてあいまいなもの」を意味するアクリタークというおそらくは太古の藻の保護層の化石。
キチノゾアと呼ばれる、瓶のミニチュアのような化石は、アクリタークよりも謎に満ちていて、その起源は、一説によれば何かの卵ではないかといわれている。
筆石という1mm幅のこぎり型の葉のような形をもつチューブ状の微化石も興味深い。これは、触手を伸ばして海水から微細な動物を濾して食べる翼鰓類と呼ばれるものの「家」の化石らしい。
こういった微生物の痕跡が、小石のもととなる泥の上に堆積していった。
シルル紀(約4億4370万年前から約4億1600万年前)の化石が当時の海の様子を伝えてくれる。
また、その種類をしっかりと記録し照合することで、どの緯度でその小石の元の岩石が形成されたのかということもわかってくる。
さらには、小石のもとになる泥が深く沈んでいく過程で、その圧力によって現在石油になっている成分が絞りだされている。この石油が絞りだされる範囲深さ約2キロから5キロをオイルウィンドウと呼ぶそうだ。
深く沈んだ泥が、圧力によって岩石になり、また数億年をかけて地表に出てくる。そして、ある地質学者に拾い上げられ、その成分をつぶさに調べられる。何とも壮大なストーリーだ。
未来もまた繰り返される
そして、地表に出た小石は、また浸食され、散り散りになり、あらたな小石をつくる数億年単位のサイクルに戻っていく。
さらにその先には、太陽の終わり際の膨張によって地球も飲み込まれ、宇宙のチリとして新たな星の材料になっていくものもあるだろう。
ヤン・ザラシーヴィッチは、人類の誕生が地質学的にそれ以前の時代(完新世)と線引きできるという説「アントロポセン(人新世)」の研究者としても有名だ。
数億年という単位で見たときにおそらくは短いであろう人類の痕跡を地質学的に読み解く、というのも興味深く、彼のこの分野での著作も読んでみたい。
たった一つの小石から、地球全史を見渡す科学者の目。非常にユニークな一冊に出会えたことを感謝したい。