シロナガス/星景写真と科学本のブログ

「暮らしの中の星空」=星景写真+サイエンスノンフィクション書評。PENTAX使い。

【書評】海の極限生物

熱泉が吹き上げる深海から、氷点下の極域の海洋まで、また、百年を超えて生きる海洋生物や、その圧倒的増殖力で海の覇者ともいえる微生物など、極限環境で生きる生物種の生態をつぶさに紹介する。

私が、今年に入って読んだサイエンスライトの中でも、ベストといって良い出来で、ぐいぐいと読ませる力は本物だ。そして、そこに込められたメッセージもまっすぐ、明確である。

 

 

◆多様な生物の適応、その魅力

海というのは、生命誕生の源であるとともに、現在においても多種多様な環境を生物に与え、非常に多様な生命を育んでいる。

 

本書では、その中でも特に「極限」と銘打ち、一番古いもの、一番原始的なもの、一番小さいもの、など多様な海洋生物の中でも珍しい生態のものを選んで紹介してくれている。

 

海洋にポツンと沈んだ鯨の死体を足場に生きる生物群。

いわゆる「血合」を発達させることでいわば血流のサーモスタットを装備して眼球を温め視覚を強化して高速で獲物に襲い掛かるメカジキ。

数千年を生きるクロサンゴ。

ジャンプするイルカが、なぜジャンプをするのか、水の抵抗と空気抵抗の経済学。

ジェット噴射で空を飛ぶイカ

例を挙げればきりがない。ぜひ本書を読んでほしい。

 

また、多様な生殖戦略―オスがメスに転換するクマノミ、メスに寄生するチョウチンアンコウの小さなオスの戦略など―も興味深い。

広大な海の中の生存条件は、大きく異なり、生殖行動ひとつにしても、「正解」は異なるのだ。

こういった生態の不思議さを丁寧に、簡潔に伝えてくれる。

あらゆる海洋の環境の下に広まった多様な生物が密接なかかわりを持ちながら、現在の海を形成していることがよくわかる内容だ。

 

本書は、海洋学者の父親と、科学ライターの息子との共著で、本格的な知識と軽快な文体というサイエンスライトが追い求めてやまない2つの能力の融合がなされていることも、強みだ。以前紹介した、「これが見納め」もそうだが、この2つの能力を別々の2人に託すというのは、ある意味サイエンスライトの一つの成功則なのかもしれない。

 

◆「極限」に生きるものの強さと脆さ

生物は、多様な環境、あらゆるニッチに適応して多様な種に分化している。

本書で紹介されている海洋生物たちは、極限環境で生きるという意味では、強い生物だがそれは、同時に非常に、絶妙なバランスの上で成り立っている生存戦略でもあるのだ。

現在人間の活動が、地球環境に大きな影響を与えており、海洋の温度は2~3℃の上昇が見込まれるし、海の酸性度もあがっている。また、水面の上昇も著しい。そして、漁獲圧も大きなものがある。

例えば、水温が2~3℃上がれば、非常にあたたかな海に適応しているカニは、すぐにゆだってしまうようだ。

人間は、外気温の変化に強い大型哺乳類であるがゆえに、温度上昇の影響に無頓着になりがちだが、極限に生きる生物たちにとってはそうでないのだ。

 

◆未来を選ぶ

しかし、著者は、海洋生物が死に絶えることはないという。

地質学的年代(数百万年)を考えれば、生物のバランスは戻るだろうと。

今、危機に直面しているのは人類だと注意を促す。

つまり、長い目で見れば、海は救いを必要とはしないのだ。救いを必要とするのは人類なのだ。海がもはや世界の食料庫でなくなっても、安全に泳ぐことが、できなくなっても、毒をもち、これまでにない強さの暴風雨に引き裂かれても、人類はそれから何百年何千年と生きていかねばならない。(本文より)

 著者は、気候変動を止める努力を明確に呼びかける。

まだ、クジラや、マグロや、サンゴ礁、ジェット噴射するイカ、ウミガメ、にっこり笑るコガシラネズミイルカ(まるで笑っているような顔が特徴の小型のイルカ)が住む海を選ぶことができるのだ、と。