現在、年間4万種の生物が絶滅し続けていると推定されている。生物というのは誕生すれば絶滅するもので、自然の成り行きの中でも当然、絶滅する。のだが、もちろんここでいう年間4万種の絶滅が、人間の活動による環境の急激な変化をその主な原因としているところに問題があるわけだ。
本書「これが見納め」は、SFコメディ作家と、動物学者という異色のコンビが、絶滅の危機に瀕する動物とそれを守るために活動する人々を、地球の隅から隅へと訪ねていくドキュメンタリーだ。
著者は「銀河ヒッチハイクガイド」シリーズなど、SFコメディの作家として知られるダグラス・アダムスと動物学者のマーク・カーワディン。
私は、ほとんど小説を読まないのだが、銀河ヒッチハイクガイドは読んだことがあり、今回この本を手に取ったのも、その時の記憶があったからでもある。
ご存知の方も多いかもしれないが、ダグラスの軽妙な文体は、愉快という一言に尽きる。
「これが見納め」でも、それは変わらない。絶滅動物という重いテーマを扱いつつも、あくまで、軽妙に、動物たちと尋ねた地の果ての風土、そこで保護に奮闘する人々の姿を描きとる。
これが、不謹慎にならないのは、ダグラスとマークの絶滅動物保護に対する真摯な姿勢があってこそのものだろう。
まず、そのバランス感覚に感嘆する。
実のところ、絶滅に瀕する野生動物の生態を描くということでいえば、おそらく他にもっと適当な本があるのではないかと言える。この本は、まず、その野生動物に会うまでが一苦労。文化の違いや、現地の官僚腐敗や、お役所仕事、また、自然そのものの険しさに2人のイギリス人が翻弄されるところから始まる。のだが、まあ、そこがまた面白い。
◆押しつけがましくならず
ダグラスの文体が、大きく貢献したのは、自然保護という、ともすれば押しつけがましくなるテーマを、自然体に描き出した点ではないだろうか。これに関しては、ダグラスの文体を日本語で再現する訳者の力量も大きいのかもしれない。
毒性生物の多いコモド島に向かう前に、オーストラリアの毒の専門家にあうくだりなどは、「毒液の冷蔵庫の中から出てくるお手製ケーキをすすめられる」あたりで、我慢できず吹き出してしまう。
随所にちりばめられたダグラス節を堪能したい。
◆動物の保護と観光
保護を進めるためには予算がいる。予算を集めるためには、その動物が「人間にとって役に立つ」ことが保護の動機づけになるというのは、否めない。このため、保護が、観光と結び付けられている様子に著者らは、何度も行き当たる。ハイライトは、見世物としてヤギを与えられるコモドオオトカゲの描写だろう。その「ショー」の後、ダグラスは述懐する。
その生物がありのままではじゅうぶんおぞましくない場合は、わざわざヤギを使っておぞましさを煽る。向こうはヤギなど欲しがっていないし、必要ともしていない。ほしければ自分で見つけてくるだろう。あのヤギの身に降りかかったことのうち、真の意味でおぞましいのは、人間の手でくわえられた仕打ちだけだ。
ダグラスの批判的な精神性が、そっと向けられる。
◆生物保護という仕事
先ほども述べたように、本書は、野生動物の姿、生態を知りたくて読んでもいささか肩透かしを食らうだろう。
しかし、世界各地で生物保護にかかわる人々の姿、生物保護という仕事の描き方は、大変興味深い。
低予算とたたかいながら、また密猟者とたたかいながら、また、世間の無関心とも対峙しながら、現地で、1匹でも多くの絶滅危惧種を守ろうとしている人々がいることを、丁寧に描き上げる。
ダグラスは49歳という若さで、2001年に亡くなっており、この本自体、英語版で刊行されて25年を数えるようだ。
しかし、現在でも、ダグラスの本を見たのだがといって、現場に寄付が届くという。自然保護の現場を魅力豊かに描いているからこその出来事だろう。